日本人の民族史として大切な文献
丹羽先生については、いまさら申し上げるまでもない。姓氏、家紋、地名、系図などの研究ですぐれた業績をあげられた一世の篤学者である。先生の情熱はそのほか、最近、ほとんど研究者の絶えた「仏足石」にまで及んでおられる。遠く南アジア方面の仏跡まで巡られ自らの足でたしかめられた独自の研究である。著書『世界の仏足石』がその成果の一つだが、まさにおどろくべき内容で不朽の価値を持つ。私は幸い先生と数十年相い識り、互いに励まされながら勉強を続けてきた間柄である。次から次へと出されるご出版に大きな期待を抱いて永年暮らしてきた。今でもその期待がつづいている。ところが、最近青天の霹靂のごとく未曾有の大著『日本苗字大辞典』(全三巻)が出されることになった。私はおどろくより先に、果たして先人の選ばなかったこの大問題を今の世の中で、どんな方法で整理し、どう分類するのか、さらに、どうして今後、使える苗字辞典のようなものになるか、という問題を考えた。また29万もあるという苗字をまとめてくれる出版社があるのだろうか、という心配があった。
ところがありがたいことに、この社会的な意義に共鳴された良心的な人物があらわれた。芳文館社長の岸芳男氏である。この世紀の出版を社運を賭けてもやってみようと申し出されたという。苗字の数、およそ30万、音引き、漢字引き、末字引き、さらにローマ字引きも含めて、三巻にまとめられた。その周到適切さは敬服に値する。
日本の苗字は85%が地名で、職業、職名、屋号、佳字、当て字、用具等であるという。他に習俗、俗称などに由来するものがあって、80%は訓読み、他は音読みだとある。古代の氏、カバネ等からくるものもあるという。
かつて著書には角川書店刊の『日本姓氏大辞典』があり、133,700の苗字を収録されておられる。今度の『日本苗字大辞典』はその倍集ともいうべきもので優に倍以上の30万に近い。これは不断の努力の賜であるが、これにとどまらず、この収録の一つ一つの苗字の持つ歴史と内容の深さをつよく訴えておられる。
まさに単一民族国家として、日本は世界最多の苗字(家名)を持つ。これは日本人の民族史の生きた証明として、大切に保存されるべき文献といえる。ひとこと著者丹羽基ニ先生と出版社社長岸芳男両氏に厚く祝意と謝辞を申し述べ、推薦の辞にかえる次第である。
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